「うちの子、計算は速いのに模試の文章題になると全然解けないんです」──中学3年生の保護者から繰り返し聞く訴えがある。SNSでは「数学センスの問題」「練習量が足りない」という声が飛び交うが、2026年度の全国学力テストのデータはまったく別の構造を指し示している。

文科省の発表を読み解くと、見えてくるのは「計算力(知識・技能)と記述・思考力(思考・判断・表現)のあいだに24ポイント以上の差がある」という事実だ。これは個々の子どもの才能や練習量の問題ではなく、学習指導要領が求める力と家庭・学校での訓練のあいだに構造的なズレが生まれているからだ。

2026年度全国学力テスト──算数・数学の正答率が示すもの

文部科学省・国立教育政策研究所は2026年7月16日に全国学力・学習状況調査の平均正答率を、8月3日に詳細な分析結果を公表した。算数・数学のデータを整理すると次のとおりだ。

対象 全体平均 知識・技能 思考・判断・表現
小学6年(算数) 56.6% 64.8% 43.5%
中学3年(数学) 57.4% 63.3% 39.6%

中学3年数学では「知識・技能」が63.3%に対して「思考・判断・表現」が39.6%と、約24ポイントの開きがある。記述式問題に限ると無解答率が39%に達した問題もあった。領域別に見ると「図形」が49.2%と最も低く、「データの活用」53.8%、「関数」55.3%、「数と式」68.1%と続く。

さらに深刻なのは二極化だ。上位25%と下位25%の正答率の差が40ポイント以上開いており、同じ教室で同じ授業を受けながら理解度の乖離がここまで拡大している実態が数値化された。生活習慣アンケートでは、平日にSNSや動画視聴を「3時間以上」行う中学生が約5割(49.1%)に達し、利用時間が長い生徒ほど全教科で正答率が低い傾向も確認された。

なぜ「知識・技能」と「思考・判断・表現」にこれほど差が生まれるのか

学習指導要領(平成29年告示)の本文には、算数・数学の目標として「数学的に考える資質・能力」を3つに整理している。①知識・技能(計算手順の習得)、②思考・判断・表現(数学的な推論と記述)、③主体的に学習に取り組む態度、である。

「知識・技能」は計算ドリルや反復練習で比較的伸ばしやすい。問題なのは②「思考・判断・表現」──自分が考えたことを数学的に言葉と式で記述する力だ。この力が育たない構造的要因を3つ挙げる。

要因① 記述の「型」を練習する機会が少ない

「なぜこうなるか」を言葉と式で書く練習は、教科書の単元末にあるが、日常の授業では「答えが合っているかどうか」の確認が中心になりやすい。答えが正しければ「なぜそうなるか」を書かせる機会は省略されがちだ。

要因② 無解答率の高さが示す「書く前の諦め」

記述問題の無解答率が39%に達した問題があった事実は、子どもたちが「書けない」ではなく「書く前に諦めている」可能性を示唆する。国語の記述問題でも類似の構造が見られるが、数学では「式は立てられても、その過程を言葉で説明することへの拒絶感」が関与していると分析できる。

要因③ 家庭での会話が「答えの確認」止まりになっている

子どもが宿題をしているとき、親が「合ってる?」「何点だった?」と聞く場面は多い。しかし「なぜそう思った?」「どうやって考えた?」という問いは少ない。この差が、②「思考・判断・表現」の訓練機会の格差を家庭間で生み出している。

「図形」が最も低い理由──「見てわかる」から「証明できる」への段差

領域別で「図形」が49.2%と最低だった。図形は目で見て直感的に「わかった気になれる」領域だ。しかし全国学力テストが問うのは「なぜその性質が成り立つか」を論理的に記述する力であり、「見てわかる直感」とは根本的に異なるスキルが求められる。

学習指導要領の数学では、中学2〜3年の図形領域に「証明」が明示されている。証明とは仮定から結論を論理的な言葉と記号で記述するプロセスだ。この「記述の論理」が日常の家庭学習で練習されることは少なく、学校の授業でも証明の「型」を教えるところまでは行っても、自ら「型を使って書く」練習量が不十分なケースが多い。

「データの活用」領域も要注意──次期学習指導要領・共通テストとの接続

「データの活用」領域(中3:53.8%)も見過ごせない。次期学習指導要領では統計・データ活用教育の強化が柱のひとつとなっており、共通テスト「情報I」でもデータの読み取りと分析が問われる。グラフや表を読むことは得意でも、「このグラフからわかることを2つ書きなさい」という記述問題になると正答率が急落するパターンが今回も確認された。

「読んでわかる」と「根拠を示して書ける」はまったく別のスキルであり、学校の授業と家庭学習の双方で意図的に訓練しなければ育ちにくい。この構造は国語の読解問題と完全に一致している。

家庭でできる3ステップ──費用ゼロで「説明する数学」を育てる

以下の3ステップは塾や特別な教材なしで実践できる。中学受験生でも、高校受験準備中の中学3年生でも応用可能だ。

ステップ1:答えではなく「根拠」を聞く1分の習慣をつくる

宿題を見るとき、「あってる」「間違い」の確認の前に「どうやって考えた?」と1問だけ問いかける。答えを言わせるのではなく、「①わかっていること(仮定)②使った知識③出した結論」の3要素を話させることが目標だ。1日1問、1分で十分。最初は「この計算式を立てた理由」でいい。

ステップ2:教科書の「考えよう」を週1回読む

中学校の数学教科書には「考えよう」「説明しよう」というコーナーが各章に設けられている。授業時間の都合でここが省略されることが多い。家庭でこのページだけを週1回読み、子どもに「どういうことを言っているか」を口頭で説明させる。重要なのは「正確に答えられるか」ではなく「自分の言葉で言い換えてみること」だ。

ステップ3:証明の「型」を1つだけ覚えて埋める練習をする

証明問題の多くは、仮定→根拠→結論という同じ構造を使う。「対頂角は等しい」「平行線の錯角は等しい」など証明によく使う基本命題を1つ選び、その「型」ごと音読させる。次に同じ型を使う別の問題で、型を埋めるだけの練習をする。いきなり白紙から書かせるより「型に当てはめる」練習のほうが無解答率を大きく下げる効果がある。記述問題を「書けない」から「埋める問題」に変換するのがポイントだ。

二極化の背景をどう読むか

上位25%と下位25%の差が40ポイント超という数値は、教育制度の一律性と運用格差の問題として読む必要がある。全国学力テストを分析するたびに感じるのは、同じカリキュラムが走っていても、「思考を言語化させる機会の量」が学校・家庭の環境によって大きく異なるという事実だ。

5年前、英語民間試験導入の報道が「賛否の煽り合戦」になった際に、原典を読み込むと論点はもっと多層だったという経験をした。今回の全国学力テストも「数学が得意か苦手か」の二項対立ではなく、「どの観点のどの経験が不足しているか」という多層的な視点で読むことが、家庭での正しい対策につながる。

まとめ

2026年全国学力テストが示したのは、算数・数学における「知識・技能」と「思考・判断・表現」の構造的な乖離だ。計算練習の量を増やすだけでは、24ポイントの差は埋まらない。

学習指導要領の本文には、算数・数学の目標に「思考・判断・表現」が明記されており、これは評価の観点であると同時に、学校と家庭が連携して育てるべき力だ。家庭でできる最初の一歩は「答えではなく根拠を聞く1分」だ。その小さな積み重ねが、記述問題の「諦め」を「挑戦」へと変えていく。


よくある質問(FAQ)

Q1. 「思考・判断・表現」の力は、中学生になってから伸ばせますか?

A. 伸ばせます。「書く型」を知らなかっただけのケースが多く、型を教えてから練習量を積むと比較的早く改善します。中学3年の夏から対策を始めた生徒が秋の模試でスコアが改善するケースは珍しくありません。

Q2. 塾に通わせれば「思考・判断・表現」は伸びますか?

A. 塾のカリキュラムによります。記述・証明の練習を意図的に組み込んでいる塾は効果的ですが、計算問題中心のカリキュラムでは「知識・技能」しか伸びないケースがあります。入塾前に「記述問題の指導方針」を確認することをお勧めします。

Q3. 小学生のうちに何かできることはありますか?

A. 算数の宿題で「どうして?」と問いかけることが最も効果的です。小学6年段階の算数「思考・判断・表現」観点の正答率は43.5%と低く、小学生のうちから「答えの根拠を話す」習慣をつけることが中学の証明問題への最大の備えになります。

Q4. SNSのスクリーンタイムと学力の関係は確かですか?

A. 2026年度の全国学力・学習状況調査のアンケートでは、平日のSNS・動画視聴時間が「3時間以上」の中学生が約5割(49.1%)に達し、利用時間が長い生徒ほど全教科で正答率が低い傾向が確認されています。ただし相関であり因果関係の特定には追加研究が必要です。

Q5. 2028年のCBT移行で何が変わりますか?

A. 全国学力テストは2028年度からCBT(コンピュータによるテスト)に完全移行し、経年スコア比較が可能になります。記述式の形式に変化が生じる可能性があり、特に「データの活用」領域での記述力がより問われるようになる見通しです。


参考文献

  • 文部科学省・国立教育政策研究所「令和8年度全国学力・学習状況調査 報告書・集計結果」(2026年7月16日公表)
  • 国立教育政策研究所「令和8年度全国学力・学習状況調査 分析結果」(2026年8月3日公表)
  • 文部科学省「中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 数学編」
  • 日本経済新聞「全国学力テスト、記述式で苦戦 中3数学は正答率39%」(2026年8月)
  • リシード「2026年度分析結果公表、国語・英語に共通の弱点は『根拠を示す力』」(2026年8月4日)