時短復職のリアルは、制度の話だけじゃ伝わらない。毎日17時に「すみません、お先に失礼します」と頭を下げながらオフィスを出る──あの空気感は、実際にやった人間にしかわからないと思う。
僕は大手通信で法人営業を10年やってきて、第一子の誕生をきっかけに6ヶ月の育休を取得。その後、時短勤務で復職した。朝6時に起きて息子の朝食を準備し、8時半までに保育園に送り届けて出社。17時に退勤してお迎えに行き、夜の家事をこなす毎日だ。
制度としては整っている。上司も理解がある。でも、3ヶ月間ずっと「すみません」と謝り続けた結果、自分の中に取り返しのつかない"刷り込み"が生まれかけていた。
「すみません退勤」を3ヶ月続けて起きたこと
時短復職して最初の3ヶ月、僕は毎日17時になると周囲に聞こえるように「すみません、お先に失礼します」と言って席を立っていた。
最初は純粋な気遣いだった。残業しているチームメンバーの横を通り過ぎるのが申し訳なくて、自然と口から出た言葉だ。でも、それが毎日繰り返されるうちに、何かがおかしくなっていった。
- 退勤前の30分、「早く帰ることへの後ろめたさ」で集中力が落ちる
- 17時に席を立つ自分を「迷惑をかけている存在」だと感じ始める
- 同僚が残業で成果を出す姿を見て「自分はチームに貢献できていない」と思い込む
- 帰宅後も罪悪感を引きずり、子どもとの時間に没頭できない
3ヶ月目に入ると、「すみません」は気遣いではなく、自分への呪いになっていた。
妻の一言で気づいた「謝り続けること」の本当の問題
転機は、ある夜の妻との会話だった。
「毎日『すみません、すみません』って言いながら帰ってくるけどさ──息子が大きくなったとき、パパが毎日謝りながら帰ってきてたって知ったらどう思うかな」
正直、この言葉はきつかった。でも、的を射ていた。
僕は育休を取る判断をしたとき、上司にA4一枚の引き継ぎ計画を持参して「報告+提案」で切り出した。「育休を6ヶ月取得します」と意志表示もした。あのとき「すみません、育休を取らせてください」とは言わなかった。制度を使うことに許可は要らないと思っていたからだ。
なのに復職した途端、毎日謝っている。言っていることとやっていることが矛盾していた。
翌日から「お疲れさまです」に変えた
妻の言葉を受けて、翌日から退勤時の言葉を変えた。「すみません、お先に失礼します」を「お疲れさまです」に。
たった一言の違い。でも、この切り替えで3つのことが変わった。
変化1:自分の罪悪感が薄れた
「お疲れさまです」は対等な挨拶だ。「すみません」のように自分を下げる言葉ではない。最初の数日は意識して言い換えていたが、1週間もすれば自然になった。
実際に育休取った身として言うと、言葉を変えると意識があとからついてくる。「自分は迷惑をかけている」という刷り込みが、「自分は制度を使って働いている」というフラットな認識に変わっていった。
変化2:周囲の反応がフラットになった
こちらが謝らなくなったことで、同僚の反応も変わった。「すみません」に対する「あ、いえいえ、大丈夫ですよ」というやり取り──あれは善意だけど、毎日繰り返すと「時短の人が帰ることは本来は迷惑なこと」という前提を双方に刷り込んでしまう。
「お疲れさまです」「お疲れさまです」だけのやり取りになったことで、僕の退勤は「イベント」ではなく「日常」になった。
変化3:他の時短勤務者にも波及した
これは予想していなかった。僕が言葉を変えて1ヶ月ほど経ったとき、同じチームで時短勤務をしている女性社員から「橘さんが『お疲れさまです』って帰るようになってから、私もそうしてます」と言われた。
謝り続けることは、自分だけでなく「この制度を使うことは迷惑である」というメッセージを職場全体に定着させてしまう。逆に、一人が謝るのをやめるだけで、そのメッセージは弱まる。
「謝らない退勤」を支える3つのステップ
ただし、言葉を変えるだけでは不十分な場合もある。僕が実践して効果があったのは、以下の3ステップだ。
ステップ1:制約を事前に明示する
復職面談で「17時以降のMTGには参加できません」と明確に伝えた。曖昧にすると「この会議だけ…」が積み重なるリスクがある。制約を先に出すことで、上司側が調整しやすい環境を作れる。
実際、上司からは「16時までに相談があれば遠慮なく声かけて」と協力的な反応が返ってきた。制約の明示は信頼につながる。
ステップ2:退勤前に「成果を置いて帰る」
謝りながら帰るのではなく、成果を残して帰る。僕がやったのは退勤前にSlackで「今日の進捗」を1行だけ報告すること。たった1行、所要時間は30秒。
「○○案件の要件整理完了、明日△△に共有予定」──これだけで「成果を出して帰る人」という認知が定着する。謝りながら消える人と、成果を置いて帰る人。どちらが信頼されるかは明らかだ。
ステップ3:朝のタスク宣言で「今日のゴール」を見せる
出社時にSlackで「今日やること」を3行で宣言する。これで上司は「今日はここまで進む」と事前に把握でき、急な依頼のタイミングも調整しやすくなる。
朝のタスク宣言と退勤前の進捗報告は合計2分で済む。しかし、上司の安心感と自分の存在認知に大きく効く。時短勤務者は量では勝負できない。だからこそ、質で語る「成果の見せ方」を設計する必要がある。
罪悪感の正体は「周囲」ではなく「自分の中」にある
振り返ってみると、僕が3ヶ月間感じていた罪悪感の大半は、周囲からの圧力ではなく自分自身が作り出したものだった。上司は理解してくれていたし、同僚も協力的だった。
問題は、「すみません」という言葉が毎日の退勤に貼り付くことで、「制度を使っている自分=迷惑な存在」という等式が自分の中に固定されてしまうことだ。
2025年10月施行の改正育児介護休業法では、3歳以上小学校就学前の子を養育する労働者に対し、企業は始業時刻の変更・テレワーク(月10日以上)・保育施設の設置・養育両立支援休暇・短時間勤務の5つから2つ以上の措置を導入する義務が生じた。制度は確実に充実してきている。
しかし制度がいくら整っても、使う側が「すみません」と謝りながら使っていては、制度の持つメッセージ──「働き方の選択肢は労働者の権利である」──が職場に届かない。
制約の明示と謝らない姿勢はセットで機能する。制約を隠して謝るのでも、制約を無視して開き直るのでもない。「17時に帰ります。この範囲で成果を出します」と言い切ること。それが、制度を使う側にできる最大の貢献だと思う。
よくある質問(FAQ)
Q1. 「お疲れさまです」に変えたら冷たい印象にならない?
なりません。「お疲れさまです」は日本のオフィスで最も一般的な退勤時の挨拶です。むしろ「すみません」は時短勤務者だけが使う不自然な退勤挨拶であり、フラットな挨拶に戻すだけのことです。
Q2. 上司が「まだ帰るの?」という空気を出す場合はどうすれば?
復職面談や1on1で制約(17時退勤)を事前に明示していれば、そのような空気は生まれにくくなります。もし発生した場合は、退勤前の進捗報告を習慣化することで「成果を出して帰る人」という認知を構築できます。制約の明示が信頼構築の第一歩です。
Q3. 時短勤務ではなくフレックスを使えば罪悪感は減る?
2025年10月施行の改正育児介護休業法で企業は柔軟措置を2つ以上導入する義務があり、フレックスも選択肢の一つです。ただし、罪悪感の本質は勤務形態ではなく「自分の言葉と姿勢」にあります。フレックスでも謝り続ければ同じ問題が起きます。
Q4. 男性の時短勤務はまだ珍しく、目立ってしまうのですが…
確かに2025年の調査でも男性時短勤務者の割合はまだ低い水準です。しかし目立つからこそ、謝らない姿勢が持つメッセージは大きい。実際、筆者の職場では男性時短勤務者が謝らなくなったことで、女性時短勤務者にも波及効果がありました。
まとめ
時短勤務の罪悪感は、制度の問題ではなく「言葉の習慣」が生み出している場合が多い。「すみません」を「お疲れさまです」に変える。退勤前に成果を1行残す。朝にタスクを3行宣言する。どれも所要時間は数十秒だが、自分の認知と周囲の認知を同時に変える力がある。
制度を使うことに謝る必要はない。語尾を濁さず、成果で語る姿勢を持つこと。それが、次に時短勤務を使う誰かの道を少しだけ歩きやすくする。






