育休3ヶ月目のある深夜、スマホを持ったまま天井を眺めていた。

息子がやっと寝たのが22時すぎ。妻も疲れで先に眠っていた。ぼんやりとSNSを開くと、同期の投稿が目に入った。「この春からマネージャーになりました」。押し寄せる「いいね」と、知っている顔からのコメント。胸の奥で、何かがざわついた。

それから眠れなかった。「自分は3ヶ月も現場を離れて、この先どうなるんだ」。育休取得前には覚悟していたつもりだったのに、いざ当事者になると全然違う。男性育休の最大の壁は、制度でも職場の空気でもなく、自分の中の劣等感だと、あの夜に思い知った。

50%を超えた男性育休取得率の裏にある「リアル」

2025年度の男性育児休業取得率は50.9%(厚生労働省調査)に達し、初めて5割を超えた。制度は整い、職場の空気も少しずつ変わってきている。それは間違いない。

でも、実際に育休取った身として言うと、取得率の数字が上がることと、育休中の「内側のしんどさ」が解消されることは、まったく別の話だ。XTalentが2025年に実施した調査でも、復職後に「仕事と家庭の両立の壁」を感じたと答えた男性は86%に上る。取得後のリアルはまだ十分に語られていない。

特に、育休中盤の3〜4ヶ月目は独特のしんどさがある。生存モードの緊張感が少し落ち着いて、ふっと「自分のキャリア」に思考が向く時期だ。そこに同期の昇格通知が来る。あれはきつかった。

「書き出す」だけで恐怖は半分に縮む

眠れなかった翌朝、妻に話した。「同期に抜かれた気がして眠れなかった」と、素直に言えたのは今思えば大きかった。妻の提案で、付箋に「この育休で捨てていること」と「この育休で得ていること」をそれぞれ書き出した。

捨てていること:今年の評価機会、社内プロジェクトへの参加、営業チームとの関係維持。得ていること:息子の寝返り・はいはいを毎日見られること、妻との対話、復帰後の家事オペレーションの設計、育休中にしか持てない「時間の余白」。

書き出してみて、気がついた。「子と妻と過ごすこの時間は、お金では買い戻せない。同期との出世差は、努力と運で縮められる可能性がある」。言語化したら、霧が晴れるようだった。言葉にすると恐怖は半分に縮む、というのは本当だと思う。

「復元可能性チェックリスト」4項目で整理する

感情の整理だけでは、キャリア不安は定期的に再燃する。そこで復職後に導入したのが、「これは復元可能か?」という問いで不安を仕分けするチェックリストだ。4項目を確認するだけで、「なんとなく怖い」が「ここは大丈夫・ここは手を打つ必要あり」に変わる。

① 評価期間:次の査定サイクルで挽回できるか

多くの会社では、評価期間は半年〜1年単位だ。育休中の半期が「評価なし」になっても、翌期に成果を出せばリカバーできる設計になっているか。育休取得を理由とした不利益扱いは育児・介護休業法で禁止されている(第10条)。法律が守ってくれる範囲を確認することで、「評価が永久に下がる」という誤った恐怖を手放せる。

② 昇進ルート:年齢制限や社内慣行がどのくらい影響するか

社内の昇進ルートに「◯歳までに課長」という慣行がある場合、1〜2年のラグは無視できない。ただし、多くの大企業では近年この慣行が崩れてきている。自分の会社の実態を、人事か信頼できる先輩に聞くのが一番正確だ。「慣行として存在するのか」「実際に育休取得後に昇進した事例はあるか」を確認するだけで、リスクの輪郭がはっきりする。

③ 法的保護:育休取得が評価に影響していないか確認できるか

育児休業の取得を理由とした降格・減給・不利益な配置転換は違法だ。復職後に「なんとなく評価が下がった気がする」と感じたら、復職面談の記録や1on1のメモを残しておくことが重要になる。証拠がある状態が、交渉の前提だ。

④ 成果を出す仕組み:時短や制約がある中でも評価されるルートがあるか

時短復職のリアルは、量では戦えないことを最初から前提にする必要がある。でも、質で評価されるルートは存在する。1on1で「この案件の企画フェーズだけ関わりたい」と手を挙げ続けることで、復職半年で重要プロジェクトのアサインを獲得できた。制約がある中でも成果を可視化する仕組み(朝のSlackタスク宣言・退勤前の進捗報告)を持てれば、評価は取りに行ける。

「比較相手」を同期から「半年前の自分」に切り替える

チェックリストと同じくらい効果があったのが、比較軸の切り替えだ。

同期と比べると、必ず自分は「遅れている」側に見える。でも「半年前の自分と今の自分」で比べると、育休前には持っていなかったものが見えてくる。息子の寝かしつけを一人でこなせるようになったこと。妻と「どちらが仕事を優先すべきか」を毎日会話する習慣がついたこと。復帰後の朝の動き方を体で覚えたこと。

これを3年スパンで「キャリアと家庭が両方まわっている状態」として定義し直すと、同期の昇格は「自分の外側の出来事」として処理できるようになった。SNSで同期の近況を見ても、以前ほど揺さぶられなくなった。

「遅れ」は復元可能かどうかで判断する

男性育休のキャリア不安は、「育休を取ったら出世が終わる」という漠然とした恐怖に端を発している。でも、4項目のチェックリストで仕分けると、復元できるものとできないものが見えてくる。

復元できるもの:評価のラグ、プロジェクトのアサイン機会、社内のネットワーク。
復元しにくいもの:子どもの生後0〜1年の記憶、夫婦の信頼関係の基盤。

この非対称性をはっきり理解した上で、「今の育休期間に何を得るか」を意識することが、キャリア不安への一番実用的な答えだと思っている。

上司にどう切り出したかなんですけど、育休を申し出るとき「この期間に家庭の仕組みを作って、復帰後に長く働ける土台を整えます」と伝えた。それは本音だったし、実際そうなった。キャリアの遅れを「取り返す」のではなく、育休という期間で得たものを「次のキャリアの武器にする」という発想の転換が、長く働く上では合理的だと感じている。


よくある質問(FAQ)

Q1. 育休中に同期に出世で抜かれた場合、復職後に挽回できますか?

「評価期間」と「昇進ルートの年齢制限」の2点を確認することが先決です。多くの会社では半年〜1年単位の評価サイクルがあり、翌期に成果を出せばリカバーできます。育休取得を理由とした不利益扱いは育児・介護休業法第10条で禁止されており、法的保護の範囲内であれば評価の回復は十分に可能です。

Q2. 育休中のキャリア不安を軽減する具体的な方法は?

①書き出すこと(捨てるもの/得るものを言語化する)、②復元可能性チェックリスト4項目で仕分けること、③比較相手を「同期」から「半年前の自分」に切り替えることの3ステップが有効です。感情的な整理と客観的な判断の両方を組み合わせることで、再燃を防げます。

Q3. 復帰後の1on1でキャリア機会をどう取りに行けばいいですか?

毎月の1on1で「来四半期に関わりたい案件」を1つ挙げることを習慣化するのが効果的です。「全部やりたい」ではなく「この企画フェーズだけなら時短でも成果を出せる」と切り分けて提案すると、上司が判断しやすくなります。待っていても機会は来ません。自分から手を挙げ続けることが唯一の方法です。

Q4. 育休取得が評価に影響しているか確認する方法は?

復職面談・1on1の内容をメモとして残す習慣をつけることが基本です。「育休取得を理由とした不利益扱い」の証明には記録が必要になります。また、復職後半年〜1年の評価結果を育休前と比較し、明らかな差異があれば人事に確認することも一つの選択肢です。

Q5. 「3歳の壁」が来たあとのキャリア設計はどうすればいいですか?

2025年改正育児介護休業法により、3歳以降も残業免除・フレックス・テレワークの柔軟措置を企業は2つ以上導入する義務が生じました。時短が終わっても「次の働き方を選ぶタイミング」として、制度の組み合わせを自分で設計することが重要です。会社が最適な組み合わせを提案してくれることは稀なので、自分から人事に確認しに行くのが最速です。


参考文献

  • 厚生労働省「令和7年度雇用均等基本調査」(2026年7月)— 男性育休取得率50.9%(2025年度)
  • XTalent「【2025年】男性の育休取得に関する実態調査レポート」(2025年7月)— 復職後に「両立の壁」を感じた男性86%
  • 厚生労働省「育児・介護休業法」第10条(不利益取扱いの禁止)— 育休取得を理由とした降格・減給の禁止
  • 労働政策研究・研修機構(JILPT)「男性の育児休業取得者の割合が前年から約10ポイント増加」(2025年10月号)